マニフィカト BWV243+243a 歌詞対訳と解説

1723年のクリスマスのために、バッハは変ホ長調のマニフィカト(BWV243a)を作曲しました。おおよそ1732~1735年にかけて、この曲を改訂しました。挿入曲A~Dを取り除き、リコーダーをフルートに変更し、新たにオーボエ・ダモーレを加え、全体の調性をニ長調にしました。今回私達は、ニ長調の第2稿で演奏しますが、第1稿の挿入曲4曲も演奏します。但し、挿入曲はニ長調の調性に移調して演奏します。

第1曲:合唱(S2・A・T・B・Tp3・Tm・Fl2・Ob2・弦楽合奏・通奏低音)

トランペットの輝かしい響きの中でオーボエとフルートがうねるような旋律を奏して開始され、合唱が2パートずつのペアで登場する。バスが加わると「マニフィカト」の声が高らかに繰り返される。途中、陰りのある展開となるが、再び輝きのうちに晴れやかに閉じられる。
Magnificat anima mea Dominum.
わが魂は主を崇めます。

第2曲:アリア(S・弦楽合奏・通奏低音)

第1曲で使われていた主要3音の上行型が、のびやかな上行6度音程となって、マリアの喜びを表現する美しい旋律を作る。ヴァイオリンと通奏低音の下行音型は、自らを低くするマリアを象徴しているのかもしれない。
Et exsultavit spiritus meus in Deo salutari meo.
わが霊は、救い主である神を喜びたたえます。

挿入曲A:合唱(S・A・T・B・通奏低音)

ルターのコラール「高き天よりわれは来たれり Vom Himmel hoch da komm ich her」第1節による4声楽曲。定旋律は長い音価でソプラノに置かれ、アルトからバスの3声がポリフォニックにこれを彩る。
Vom Himmel hoch da komm ich her,
ich bring euch gute neue Mär,
der guten Mär bring ich so viel,
davon ich singn und sagen will.
高き天から、私はここにやって来て、
あなた方に善き新しい知らせを持ってくる、
善い知らせをたくさん持ってくる。
そのことを、私は歌って知らせよう。

第3曲:アリア(S・オーボエ・ダモーレ・通奏低音)

しっとりとしたオーボエ・ダモーレの旋律と、ソプラノの美しい旋律が絡み合って、「卑しい婢女にも目を留める」のメッセージを伝える。通奏低音は、高いものを仰ぎ見るマリアの視線を思わせる上行音型を繰り返し奏する。
Quia respexit humilitatem ancillae suae:
ecce enim ex hoc beatam me dicent
主は、身分の卑しい婢女にも目を留めてくださいました。
今から後、私を幸いな女と言うでしょう、

第4曲:合唱(S2・A・T・B・Fl2・オーボエ・ダモーレ2・弦楽合奏・通奏低音)

同音反復の力強い音型が階段状に上行して積み上げられ、それが無限に続くような感覚を覚える。終結部で器楽は一度後退するが、やがて全声部が華やかに歌い上げる。
omnes generationes.
いつの世の人々も。

第5曲:アリア(B・通奏低音)

舞曲風のリズムにのせて、バスが力強く主のおおいなるわざを歌う。6度下降音程を基本に、主を形容する言葉がメリスマで飾られ、主のわざの力強さと豊かさが示される。
Quia fecit mihi magna qui potens est:
et sanctum nomen eius.
力ある方が、私に大きなことをして下さいましたから、
聖なる御名をもつ方が。

挿入曲B:合唱(S2・A・T・通奏低音)

きびきびとした通奏低音の伴奏を背景に、クリスマスの喜びが唱和される。
Freut euch und jubiliert,
zu Bethlehem gefunden wird
das herzliebe Jesulein,
das soll euch Freud und Wonne sein.
喜び、歓声を上げなさい。
ベツレヘムで見つかったのです、
愛らしい幼子イエスが。
これこそがあなた方の喜びであり、至福なのです。

第6曲:二重唱(A・T・Fl2・弦楽合奏(VnとVaは弱音器付)・通奏低音)

半音階的な下行音型を繰り返す通奏低音の陰影のうちに、受難曲で聴かれるような神の憐れみの愛が歌われる。クリスマスと受難とが表裏一体であることが思い起こされる。
Et misericordia eius a progenie in progenies
timentibus eum.
その憐れみは代々に限りなく、
主をかしこみ畏れる者に及びます。

第7曲:合唱(S2・A・T・B・Tp3・Tm・Fl2・Ob2・弦楽合奏・通奏低音)

第1曲と同じ編成で第1曲の「マニフィカト」と同じリズムが用いられ、第1曲とシンメトリーに対応している。メリスマ音型の旋律が合唱各パートに順に嵐のように押し寄せ、それが「力を振るい」に統合されるさまは圧巻である。
Fecit potentiam in brachio suo:
dispersit superbos mente cordis sui.
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者を打ち散らしました。

挿入曲C:合唱(S2・A・T・B・弦楽合奏・通奏低音)

ホモフォニックな合唱がグローリアを歌う。第1ヴァイオリンだけは、独立した旋律を奏でる。
Gloria in excelsis Deo!
Et in terra pax hominibus bona voluntas
いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。

第8曲:アリア(T・Vn2・通奏低音)

テノールが主の弾劾を激しく歌い、器楽がそれに拮抗する。ヴァイオリンの下行音型、通奏低音の跳躍音型が印象的である。
Deposuit potentes de sede
et exaltavit humiles.
主は権力ある者をその座から引き降ろし、
身の卑しい者を高く上げました。

第9曲:アリア(A・Fl2・通奏低音)

フルートの満ち足りた響きと、簡素なピチカートの通奏低音とが歌詞の意味を対照的に示す。後半の"implevit bonis"(良いもので満たし)は、豊かに装飾されて歌われる。
Esurientes implevit bonis:
et divites dimisit inanes.
主は飢えた人を良いもので満たし、
富める者を空腹のままに去らせました。

挿入曲D:二重唱(S・B・通奏低音)

通奏低音に導かれるソプラノとバスのカノンとして作曲されている。のちにカンタータ110番第5曲に転用された。第30小節以下は消失。
Virga Jesse floruit,
Emanuel noster apparuit
induit carnem hominis,
fit puer delectabilis.
Alleluja.
エッサイの若芽は萌え出で、
私たちのエマヌエルが現れました。
人として肉体を受けられ、
喜びの御子が生まれたのです。
アレルヤ。

第10曲:三重唱(S2・A・Ob2・通奏低音)

オーボエの奏するコラール旋律によって、個々への憐れみが民族・国家へと広げられることが示されている。このコラール旋律は、第1稿ではトランペットで奏された。
Suscepit Israel puerum suum,
recordatus misericordiae suae.
その僕イスラエルを受け入れて、
憐れみをお忘れになりません、

第11曲:合唱(S2・A・T・B・通奏低音)

低音部から次第に声部が加えられて充実し、預言の真理と時代を超えた視線が歌われる。
Sicut locutus est ad Patres nostros,
Abraham et semini eius in saecula.
主が私たちの先祖に言われたように、
アブラハムとその子孫に対してもとこしえに。

第12曲:合唱(S2・A・T・B・Tp3・Tm・Fl2・Ob2・弦楽合奏・通奏低音)

グローリアの晴れやかな声のあと、波が盛り上がるように声部が加えられ、三位が讃えられる。「初めにあったように」以降、第1曲の導入部分が回帰する。合唱の旋律も第1曲に使われたものが用いられ、全体が大きなリングとなって壮麗に閉じられる。
Gloria Patri et Filio et Spiritui Sancto.
Sicut erat in principio et nunc et semper
et in saecula saeculorum.
Amen.
父と子と聖霊に栄光あれ、
初めにあったように、今も、いつも
代々限りなく。
アーメン。