カンタータ第173番 歌詞対訳・解説・聖句

BWV173 "Erhöhtes Fleisch und Blut" 「高められた血と肉よ」
成立・初演:1724年5月29日
演奏機会:聖霊降臨節第2日
(英訳は右サイトのものを転用しました)http://emmanuelmusic.org/notes_translations/translations_cantata

世俗カンタータ(BWV173a)の改作です。第1曲と第2曲はテノールが歌いますが、原曲はソプラノでした。第3曲はバスが歌いますが、原曲はアルトでした。第6曲は合唱ですが、原曲はソプラノとバスの二重唱でした。なお第6曲原曲は、自筆譜では合唱になっています。また器楽には2本のフルートが新たに加えられました。

第1曲:レチタティーヴォ (独唱(T)・弦楽合奏・通奏低音)

キリストの「血と肉」が考察され、結びにおける"Erhöhtes"の扱いには、昇天が暗示されています。

Erhöhtes Fleisch und Blut,
Das Gott selbst an sich nimmt,
Dem er schon hier auf Erden
Ein himmlisch Heil bestimmt,
Des Höchsten Kind zu werden,
Erhöhtes Fleisch und Blut!
Exalted flesh and blood,
that God takes to Himself,
to which He already on earth
has granted a divine blessing;
to become a child of the Most High,
exalted flesh and blood!
高められた血と肉よ、
それは神がみずから受けられたもの、
神がすでにこの地上において
天の救いを定められたもの。
いと高き者の子となるために
高められた血と肉よ!

第2曲:アリア (独唱(T)・fl2・弦楽合奏・通奏低音)

3連符に彩られた曲想は、原曲で名君の「輝かしい日々」を表現したものですが、ここでは神の慈しみを讃えています。

Ein geheiligtes Gemüte
Sieht und schmecket Gottes Güte.
Rühmet, singet, stimmt die Saiten,
Gottes Treue auszubreiten!
A blessed conscience
sees and savors God's goodness.
Praise, sing, tune your strings,
to proclaim God’s devotion!
浄められた心情は
神の慈しみを目にし味わう。
誉め讃え、歌え、弦を整えよ、
神のまことを広めるために。

第3曲:アリア (独唱(A)・弦楽合奏・通奏低音)

器楽より先にアルトが歌い出すという、バッハには珍しいアリアです。弦の活発な動きは、原曲ではレーオポルト侯の美徳に啓発された心でしたが、ここでは神の恵みの意思を表しています。

Gott will, o ihr Menschenkinder,
An euch große Dinge tun.
 Mund und Herze, Ohr und Blicke
  Können nicht bei diesem Glücke
  Und so heilger Freude ruhn.
God shall, O mankind,
do great things for you.
 Mouth and heart, ear and sight
 cannot be quiet with this happiness
 And such holy joy.
神は、おお人の子よ、
お前達に偉大なことをなさいます。
 口と心、耳と眼が
 静かにしていられましょうか!
 これほどの幸い、聖なる喜びに対して

第4曲:二重唱 (独唱(SB)・fl2・弦楽合奏・通奏低音)

神の慈しみへの感謝が、慕わしさに溢れた二重唱で歌われます。バスの歌い出しが礼拝当日用聖句の引用になっています。曲はト長調→ニ長調→イ長調と5度圏を上昇し、ソプラノとバスは高揚したイ長調の部分で声を合わせます。

B:So hat Gott die Welt geliebt,
 Sein Erbarmen
 Hilft uns Armen,
 Daß er seinen Sohn uns gibt,
 Gnadengaben zu genießen,
 Die wie reiche Ströme fließen.

S:Sein verneuter Gnadenbund
 Ist geschäftig
 Und wird kräftig
 In der Menschen Herz und Mund,
 Daß sein Geist zu seiner Ehre
 Gläubig zu ihm rufen lehre.

BS:Nun wir lassen unsre Pflicht
 Opfer bringe,
 Dankend singen,
 Da sein offenbartes Licht
 Sich zu seinen Kindern neiget
 Und sich ihnen kräftig zeiget.
B:For God so loved the world,
 His mercy
 Helps us wretches,
 that He gives us his Son,
 to enjoy gifts of grace
 which flow like rich streams.

S:His new covenant of grace
 is zealous
 and becomes powerful
 in the human heart and voice,
 so that His Spirit, to His honor,
 Teaches them to call upon Him with faith.

BS:Now we let our duty
 bring offering,
 gratefully singing;
 for His revealed light
 bends down to His children
 and shows itself powerfully to them.
B:神はこのように世を愛してくださる
 神の憐れみは
 私たち貧しい者を助け
 神の御子を与えてくださる
 私たちが恵みの贈り物を享受できるように、
 それは豊かな川のように流れるのです。

S:神の新たな恵みの契は
 活動し
 力強くなります。
 人の心と口の中で
 神の霊はみずからの栄光のために
 信仰によって神を呼ぶことを教えてくれます。

BS:いまや私たちは義務として
 犠牲を捧げ、
 感謝して歌いましょう、
 開かれた神の光が
 その子らへと向かい、
 力強く自分を示されるのだから。

第5曲:レチタティーヴォ (二重唱(ST)・通奏低音)

神への献身の決意が、ソプラノとテノールによって語られます。通奏低音のみの伴奏ですが、アリオーソに近い形で作曲されています。最後の4小節で "zum Himmel schwingen" に付けられた音楽の絵画性に注目です。

Unendlichster, den man doch Vater nennt,
Wir wollen dann das Herz zum Opfer bringen,
Aus unsrer Brust, die ganz vor Andacht brennt,
Soll sich der Seufzer Glut zum Himmel schwingen.
Eternal, whom yet we call Father,
we would bring our hearts as offerings;
Out of our breasts, that burn with devotion,
The heat of our sighs shall soar to heaven.
父と呼ばれる無限の方よ、
私たちは心を犠牲に捧げましょう。
祈りに燃える私たちの胸から、
ため息の熱を天へ飛ばしましょう。

第6曲:合唱(合唱(SATB)・fl2・弦楽合奏・通奏低音)

原曲の二重唱が四重合唱に改作され、コラールが置かれるべき所にメヌエットとして置かれています。

Rühre, Höchster, unsern Geist,
Daß des höchsten Geistes Gaben
Ihre Würkung in uns haben!
Da dein Sohn uns beten heißt,
Wird es durch die Wolken dringen
Und Erhörung auf uns bringen.
Stir, Almighty, our spirit,
that the highest Spirit's gifts
do their work within us!
As your Son did teach us to pray,
it will pierce through the clouds
and grant an audience for us.
いと高き方よ、私たちの魂を動かしてください
至高の霊の贈り物が
私たちのうちに作用するように!
あなたの御子が私たちに命じた祈りは
雲を貫いて聞き届けられたものを
私たちにもたらしてくれるでしょう。

<福音書ヨハネ3,16-21>
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。